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場内にフリー曲「天と地と」だけ流れる…北京五輪で羽生結弦が棄権!?yuzu

 本番会場で行われた練習に、この日も日本の羽生結弦は姿を見せなかった。国内外から高い関心を寄せられる中、午前9時30分(日本時間10時30分)から始まったトレーニングに不在。フリー曲「天と地と」だけが場内に流れた。



個人戦の男子ショートプログラム(SP)は8日に行われる。


フィギュアスケート男子で3連覇を目指す羽生結弦を指導するブライアン・オーサー氏は4日、会場の首都体育館近くのリンクで共同通信の取材に応じ、羽生のリンクサイドに立たない意向を明らかにした。「彼の決断。(昨年12月の)全日本選手権のような形になるのでは」と説明し、全日本と同様にコーチ不在で臨む可能性を示唆した。


羽生は女子の金ヨナ(韓国)を2010年バンクーバー五輪金メダルに導いたオーサー氏に12年から師事。14年ソチ、18年平昌両五輪ではオーサー氏がコーチを務めた。


オーサー氏はこの日、男子で四大陸選手権覇者の車俊煥(韓国)の練習に付き添った。


独自に入念な調整を行っているとみられ、心配無用と思われるが、開催国の中国などでは「羽生選手は、どこ?」と話題になっている。開幕前日の3日は、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」のトレンド1位に羽生結弦の名前が入った。1日の「羽生結弦」の検索総数は2億1000万件に達したという。


中国でも絶大な人気を誇り、微博内のファンクラブ登録者数も、少なくとも157万人を突破。「羽生探し」が過熱している。


世界中から注目される、北京五輪男子フィギュアスケートの羽生結弦。ソチ、平昌と連続して金メダルを獲得し、今大会は3連覇がかかっている。卓越した技量で世界を魅了する羽生だが、活躍の背景には家族の熱心なサポートがあった。


ワンパクでやんちゃな子供だった羽生だが、体力面では不安も抱えていた。2才のとき、小児ぜんそくを発症したのだ。少し走っただけでゴホゴホと急に咳き込んだり、夜中に目が覚めて眠れない日が続くこともあった。発作が出たら、母親がつきっきりで背中をさすって咳をしずめた。


地元仙台のフィギュア関係者は「結弦くんは、同世代の子供と比べて食が細く、体も小さかった。それでもワンパクな結弦くんに何か運動をさせたいとご両親は考えていたようです。スケートは、屋内競技でほこりを吸い込むことも少ないので、ピッタリのスポーツでした。少年時代の結弦くんは、憧れているロシアのエフゲニー・プルシェンコ元選手を真似て、ヘアスタイルをマッシュルームカットにして試合に出場していました」


都築コーチの指導でメキメキ頭角を現した羽生は、2004年に初めて出場した全日本ノービスB(小学3~4年生のクラス)で優勝し、9才で金メダルを獲得した。同年にはフィンランドにも遠征して、タンペレサンタクローズ杯ノービスA(小学5~6年生のクラス)で優勝した。11才のとき、宮城テレビから「天才スケート少年」として取材を受けた際、将来の夢を聞かれた羽生は、ここでも「オリンピック金メダル!」とはっきり答えている。


躍進する彼を、家族は一丸となって支えた。世の中には数多のスポーツが存在するが、フィギュアスケートという競技の金銭的負担はトップクラスといわれる。レッスン費用に加え、スケートリンクのレンタル費用、スケート靴や衣装代、それらのメンテナンス代などで、1人につき年間100万円はかかってしまう。


特別に裕福だったわけではない羽生家にとって、負担は決して軽くなかった。しかし、羽生の才能と「五輪優勝」という夢を信じ、羽生家は家賃5万円の県営住宅に住み、試合の衣装はすべて母親が手作りした。姉は大学受験を機に自分が選手として大成する夢を諦めて、弟のサポートに徹するようになった。

場内にフリー曲「天と地と」だけ流れる…北京五輪で羽生結弦が棄権!?yuzu 場内にフリー曲「天と地と」だけ流れる…北京五輪で羽生結弦が棄権!?yuzu Reviewed by RichKid on 2月 05, 2022 Rating: 5

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