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清原和博氏は死球受け“ヒップアタック”した …決断変えた母からの一言kazuhiro

 元プロ野球選手の清原和博氏(53歳)が、12日深夜に放送されたカンテレの「こやぶるSPORTS超」に出演し、現役時代に「暴れん坊」と言われたエピソードについて、赤裸々に告白した。



清原氏を一躍有名にしたのが、89年9月23日のロッテ戦。死球を当てた平沼定晴投手に対して、バットを投げ、ジャンピングヒップアタックした場面は、過去に何度も映像で流されるほど球界の事件となった。


清原氏は「反射的に投げてしまったんですよ。その時、プロ野球選手とか、そういうことを忘れてしまって。それで投げて、走っていって、ヒップアタックした瞬間に“やってもうた”と思って」。これにはMCの小藪千豊(47)も「ヒップアタックきっかけで冷静になる人、あまり聞いたことないけど」と爆笑するしかなかった。



だが、もちろん、それで収まるはずはない。「ロッテベンチが自分の方に向かって、ガーっと来たんですよ。(反対方向に逃げたのは)あんなところで突っ込んでいくアホ、おらへんでしょ。それで、誰か捕まえてくれ、と思って。逃げ回るのも格好悪いから。そしたら、向こうの外国人で、腕相撲の世界チャンピオンのディアスの腕が(首に)入ったんですよ。その瞬間、ああよかったって」と、清原氏は意外な思いを明かした。


次の日にロッカールームに謝罪に行くと、ロッテのベテラン選手からは「お前、ふざけてんじゃねえぞ、この野郎」とどう喝され、平謝りするしかなかったが、その後について清原氏は「やっと平沼さんに謝罪できたのが、去年です」と説明。仕事で、沖縄県での野球教室に行った際に、中日で用具担当をしている平沼さんに「あの時は、本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げて謝罪すると平沼さんからは「清ちゃん、飲もうよ」と声を掛けられ、「緊張しながら飲んだ」という。



清原氏は続けて、「去年のデータを見ると、巨人が阪神にめっちゃ、ぶつけているんですよ。でも、阪神は半分も返していないんですよ。だから、ね。あの時の捕手は矢野さんですからね。僕がボコボコにやられたとき。巨人に思い切り行ってほしいですよね」と、冗談を交えて“エール”。これには小藪も「けしかけて、どないしますねん。古巣に」とツッコまれていた。


巨人と阪神の獲得合戦の裏事情を明かした。


96年オフに、29歳で人生の決断を迷ったという清原氏。これに対して、MCの小藪千豊(47歳)は「噂では、阪神の方が提示した金額が多かったとささやかれているが」と質問すると、清原氏はキッパリ「そうですよ。ジャイアンツの10倍ですよ」と明言。「10倍!」と小藪も仰天し、決め手は当時巨人の長嶋茂雄監督から「思い切って、僕の胸に飛び込んできてほしい」とのメッセージがあったことを清原氏は認めたが、一方で「長嶋さんも大きかった」としつつ、もう一人の要因として母親を挙げた。



「母親の存在ですね。はっきり言って、僕はその時、阪神に行く方に固まっていたんですよ」と告白。ところが、母・弘子さんに阪神に行くことを伝えると、「あんた、何言うてんの。あんた、また阪神に行って、巨人に勝って、ピーピー泣くんか。あんたの夢、なんやったんや」と諭されたといい、清原氏は「巨人に行くわ」と決断を変えたという。


清原氏の獲得に熱心だった阪神は、交渉場所のホテルにレッドカーペットを敷き、スイートルームを確保するなど至れり尽くせりで、清原氏は「それだけ希望してくれているし、地元大阪でもありますし、お父さんが阪神ファンでもありましたから」と、一時決めていた理由を説明。それでも、今でも決断について考えることがあるといい、「俺、阪神に行っていたらどうなっていたんやろな、と、今でもありますね」と大きな決断だったことを明かしていた。

清原和博氏は死球受け“ヒップアタック”した …決断変えた母からの一言kazuhiro 清原和博氏は死球受け“ヒップアタック”した …決断変えた母からの一言kazuhiro Reviewed by RichKid on 4月 13, 2021 Rating: 5

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